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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)8633号 判決 1988年3月30日

甲乙各事件 原告

日本設備株式会社

右代表者代表取締役

福居邦浩

右訴訟代理人弁護士

桐月典子

甲事件被告

高田優一

甲事件被告

株式会社モアソフト

右代表者代表取締役

高田優一

乙事件被告

高木清

被告ら三名訴訟代理人弁護士

黒川達雄

主文

一  甲事件被告高田優一は、原告に対し、金三四〇万円及びこれに対する昭和五九年七月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の甲事件被告高田優一に対するその余の請求及び同株式会社モアソフトに対する請求並びに乙事件被告高木清に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と甲事件被告高田優一との間においては、原告に生じた費用の五分の一を同被告の負担とし、その余は原告の負担とし、原告と甲事件被告株式会社モアソフト及び乙事件被告高木清との間においては、全て原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  請求の趣旨

1 被告高田優一(以下「被告高田」という。)及び被告株式会社モアソフト(以下「被告モアソフト」という。)は、各自、原告に対し、金五四二〇万一七八六円及びこれに対する昭和五九年七月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告高田は、原告に対し、金二一八万四〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年七月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は、被告らの負担とする。

4 1項及び2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

(乙事件)

一  請求の趣旨

1 被告高木清(以下「被告高木」という。)は、原告に対し、金四七二〇万一七八六円及びこれに対する昭和五九年八月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、被告高木の負担とする。

3 1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(甲事件)

一  請求原因

1 原告は、厨房機器、コンピューターのソフト及びハードの製造販売等を目的とする株式会社である。

被告高田は、昭和五八年一月三一日から昭和五九年三月九日までの間原告の取締役の地位にあつた者であるが、昭和五六年五月に原告に入社して以来昭和五八年九月二八日まではコンピューター事業部長として所属部員の技術修習の指導、委託会社への派遣及び監督等の職務に従事し、また昭和五八年九月二九日から昭和五九年三月九日までの間は、原告の子会社であるユニテックシステム株式会社の取締役兼技術部長の職にあつた。

2 被告高田は、原告の取締役として、原告の利益のため忠実にその職務を遂行すべき義務を負つていたのであるが、これに違反し、コンピューター事業部が昭和五八年八月頃まで主たる営業所(東京都新宿区西新宿八丁目五番五号コモビル六階)から離れた場所(同区西新宿八丁目一二番一号篠ビル九階)にあり、また、ユニテックシステム株式会社も主たる営業所から離れた場所(同区西新宿七丁目一八番一六号トーシンハイム九階)にあることを奇貨として、原告のコンピューター事業部の従業員に対し、「原告は、欠陥だらけの内容のない会社であり、将来性は全くない。原告に勤務していても何の益にもならないので辞めた方がよい。」とか、「自分は、昭和五九年四月頃原告及びユニテックシステム株式会社を辞め、コンピューターのソフト及びハードの設計、製造、販売等を目的とする会社を設立して営業活動を開始するので是非これに参画してほしい。などと申し向けて執拗に説得し、もつて、後記七名のほか二名の従業員をして原告を辞めるべく決断させ、被告モアソフトの設立に関与し又はその役員若しくは従業員としてその営業活動に参画すべく決意させ、自ら同年三月九日原告及びユニテックシステム株式会社を退社するとともに右の者をしてそのとおり実行するに至らしめた。

(一)山本洋一 昭和五九年三月三一日退社

(二)畠山優美子 同年二月二九日退社

(三)木内美枝 同年三月一七日退社

(四)石井聡 同月二五日退社

(五)高橋厚志 同月三一日退社

(六)伴栄吉 同月一五日退社

(以下これらの者につき姓のみで表わす。)

(七)被告 高木 同月三一日退社

被告高田の右行為は商法第二五四条ノ三に規定する取締役としての忠実義務に違反するものであり、同法第二六六条第一項第五号により、これにより原告が被つた損害を賠償する義務がある。

3 原告は、被告高田の前記の違法行為により次のとおり合計金五四二〇万一七八六円の損害を被つた。

(一) 新人教育に投下した費用金三二五万九六二八円

原告は、採用した次の三名の従業員に対して新人教育を施してコンピューターのソフト開発等の技術を身につけさせたものであるが、被告高田の引抜きによつてこれらの者について原告が投下した費用の効果は無に帰せられたものである。したがつて、新人教育期間中これらの者について支出した給与、健康保険・厚生年金料、交通費、諸雑費(以上の費用の五パーセントに相当する。)及び部外の研修参加費用は原告が被つた損害というべきである。

(1) 山本 金六三万八四六四円(新人教育期間昭和五八年四月一日から同年六月三〇日まで)

(2) 畠山 金一六二万四七六二円(新人教育期間昭和五七年一二月九日から昭和五八年九月三〇日まで)

(3) 木内 金九九万六四〇二円(新人教育期間昭和五八年四月一日から同年九月三〇日まで)

(二) 前2記載の七名の従業員が一斉に退社したことによる逸失利益金四〇九四万二一五八円

原告は、右七名の者が一斉に退社したことによりコンピューターのソフト及びハードの設計、製造及び販売に関する素養を備え、訓練教育実習を施した従業員を失つたものであるが、同質の人材の補填は容易にはできず、それまでのコンピューター事業部の体制は大きく崩れてしまつた。

被告高田の違法行為がなければ右七名は、少なくとも更に三年間は稼働したことは確実であつたが、被告高田の違法行為によつて右七名は退社し、もつて、次のとおり原告は、これらの者が向う三年間稼働したら得られたはずの利益を逸失し、同額の損害を被つた。

(1) 被告高木、石井、高橋、畠山、木内の五名の稼働による三年間の粗収入 合計金六二六二万円

右の五名が退社時に割り当てられていた仕事について原告が得ていた一か月の派遣手数料は、次のとおりである。

被告高木 金二七万円

石井 金五九万五〇〇〇円

高橋 金二六万円

畠山 金三〇万円

木内 金三一万五〇〇〇円

したがつて、右五名が三年間稼働することによつて原告が受ける派遣手数料は合計金六二六四万円になる。

(2) 伴と山本の二名の稼働による三年間の粗収入 合計金四五二七万八五六二円

右両名は退社時にはいすず自動車から請け負つた仕事を割り当てられていたが、それによる昭和五八年四月一日から昭和五九年三月三一日の間に原告が得た粗収入は金一五〇九万二八五四円であり、またこの仕事を昭和五九年四月以降も続けさせる予定であつたので、三年間の粗収入は合計金四五二七万八五六二円となる。

(3) 前記七名が三年間稼働するについて原告が負担すべき費用(控除項目)合計金六六九七万六四〇四円

一方、原告は、前記七名の者に対し、昭和五八年四月一日から昭和五九年三月三一日までの間に給与、健康保険料、厚生年金料、通勤費及び諸雑費(以上の費用の五パーセントに相当する。)の合計としてそれぞれ次の金額を負担した。

被告高木 金三五一万五九二一円

石井 金四四九万三九六円

高橋 金三二〇万八八九九円

木内 金一九九万二八〇四円

伴    金四五〇万四三四五円

山木 金二五五万三八五六円

畠山 金二〇五万九二四七円

以上合計金 二二三二万五四六八円

したがつて、前記七名の者が三年間稼働するにつき原告が負担すべき費用は合計金六六九七万六四〇四円となる。

よつて、(1)及び(2)の粗収入の合計から(3)の費用を控除した金四〇九四万二一五八円が前記逸失利益となる。

(三) 信用低下による精神的損害

金一〇〇〇万円

被告高田の違法行為により原告はその内部での信用を失墜し、規律を乱され、また、原告において養成し訓練教育実習を施した従業員のうち九名に突然退社され、注文主への派遣ができなくなつたりして対外的にも原告の信用を大きく喪失した。

原告がこれにより受けた精神的損害は金一〇〇〇万円に相当する。

4 被告モアソフトは、被告高田が原告に入社した当時から有していた、原告を人材その他の面で利用して三年後に独立するという計画を実現するために昭和五九年四月に設立された会社であり、設立に当たつては被告高田及びこれとともに原告を退社した伴、被告高木及び石井らが発起人となり、同人らの出資額は全体の83.75パーセントを占め、取締役には被告高田、被告高木及び伴が、代表取締役には被告高田が就任し、山本、畠山、木内、高橋のほか、時期は少し遅れたが同様にして原告を退社した山口昇及び吉田祐子を雇用している。

以上により、被告モアソフトは、被告高田の右違法な計画を実現し、原告に対する取締役としての忠実義務違反行為による権利の侵害状態を維持継続させる目的及び性格を有して設立され存続しているものであるから、被告高田と連帯して3に記載した原告の被つた損害を賠償する義務がある。

5 被告高田は、昭和五八年一月三一日から昭和五九年三月九日までの間原告の取締役の地位にあり、その間取締役として合計金二一八万四〇〇〇円の報酬の支払いを受けた。

しかし、被告高田は、入社当時から原告を人材その他の面で利用して独立する計画を有しており、取締役在任期間中秘密裡に右計画を実現させるべく行動し、最後には原告のコンピューター事業部の従業員を引き連れて独立したものであつて、被告高田は、取締役としての忠実義務を果していなかつたものである。

したがつて、被告高田は、取締役としての報酬を受ける権利はなく、右役員報酬の支払いを受けたことは不当利得となる。

6 よつて、原告は、被告高田及び被告モアソフトに対し、損害賠償請求権に基づき連帯して金五四二〇万一七八六円及び被告高田に対し、不当利得返還請求権に基づき金二一八万四〇〇〇円並びにこれらの各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和五九年七月一九日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は、コンピューター事業部等の所在場所及び原告主張の者が主張の日に原告を退社したことは認め、その余は否認する。

3 同3の事実は否認する。

4 同4の事実は、被告高田、被告高木及び石井がモアソフトの発起人になつていること、被告高田が代表取締役に、被告高木及び伴が取締役に就任していること、原告主張の者が被告モアソフトに勤務していることを認め、その余を否認する。

5 同5は争う。

6 同6は争う。

三  被告らの主張

1 被告高田の入退社の経緯は、次のとおりである。

被告高田は、昭和四九年四月から株式会社応用工学研究所に勤務していたところ、昭和五六年初めころ友人の増山忍より原告の代表取締役である福居邦浩(以下「福居」という。)を紹介された。

福居は、被告高田に対し「原告は建設関連業務を営んできたが、コンピューター業界に進出したいので是非コンピューター事業部を作つて欲しい。」旨要請し、その後も「給料は君の望む通りいくらでも支払う。三年したら君を社長として独立させる。是非早く始めて欲しい。」と言つて再三原告への入社を懇願した。

そこで被告高田は、三年後に独立できることを期待して原告に入社することを決意し、まず同年四月に義弟の伴を入社させ、次いで同年五月に株式会社応用工学研究所を退社して原告に入社した。

このように、被告高田は、三年後に独立させてもらえること等を条件に原告に引き抜かれたのであつて、システムエンジニアが不足しているコンピューター業界においては、極めて一般的な現状であつた。

被告高田は、原告に入社後、コンピューター事業部長として、コンピューターに関する人材の採用、教育、仕事の手配、人事管理等一切の業務を遂行した。

しかし、福居は、以下の通り、入社時の約束に違反し、被告高田の任務遂行を困難にさせたり、被告高田を絶望させ、遂には、実質上解雇に等しい退社に追い込んだのであつた。

即ち、

(一) 事務所として独立の一室を設置する約束であつたが、入社後、間も無く、無断で被告高田の机を社員と同じ部屋に移動させたこと

(二) 給与は、被告高田の希望通りとの約束にも拘わらず、減額したこと

(三) 昭和五八年八月初旬、本社と事務所との同居は、事務所のスペースが狭くなること、移動の為作業が遅延すること、コンピューター、計測器の移動は、部品が紛失したり、故障の原因となる為、回避すべきであること、及び無駄な出費を避けるべきこと、異業種の同居は不都合が生じること等の諸点の理由から、被告高田が反対したにも拘わらず、福居は、右反対を抑制し、同居を強行決定し、且つ、部屋のレイアウトも極端に不合理なものを強行したこと

(四) 同年八月二〇日ころ、福居は伴の休日出勤手当をカットすると主張し(労基法に違反している。)、抗議を受けるや、代休を要求し、伴が激怒したこと

(五) 福居はユニテックシステム株式会社につき、「ハードは作るだけ作つて後は売りまくり、多大の利益が出たら、会社をやめる」旨述べ、被告高田他社員の意欲を失わせ絶望させたこと

(六) 原告は福居のワンマン経営で、被告高田は役員待遇をうけず、また取締役会、株主総会も開催したことはなかつたこと

(七) 福居はユニテックシステム株式会社で、ユニックスマシーンの製造開発プロジェクト費用として、三千万円の出費を被告高田に対し承諾したにも拘わらず、右三千万円を被告高田が勝手に使い込んだと他の社員にふれまわつたこと

(八) 同年九月末日ころ、福居は、被告高田が社員に対する責任感から原告との兼務を主張したにも拘わらず、一方的にユニテックシステム株式会社の専任として、出向役員の決定をなしたこと

右発表前、同人は被告高田を解雇するが、今はまだできないので、ユニテックシステムのメドが立つたところで、解雇する旨、数名に話していること

(九) 前(八)と同じころ、被告高田は、福居に対し三年後の独立について話合を申入れたが、拒否されたこと

福居は、被告高田の代わりが見付かり次第解雇することを広言していたこと

(一〇) 被告高田がユニテックシステム株式会社の専任になつた後、既に、見積りをとつて、取り掛かろうとしていた仕事があつたにも拘わらず、福居は、受注している仕事は日本ソフトウエア開発及びいすず以外は、総てキャンセルせよと被告高田に命令したが、右命令は、会社に対する忠実義務違反の背信行為というべく、全く不合理で理解できなかつたこと

(一一) 福居は、社員の不満、不安に一切耳を貸さず、気に入らない女子社員に対して、解雇をいつもほのめかしていたこと

(一二) 原告は、実質は、黒字なのに、赤字だと称して、被告高田の金一〇〇万円の賞与をカットしたこと

マンション売買の脱税工作につき被告高田に責任を転嫁しようとしたこと

(一三) 福居は、被告高田がオシロスコープやユニテックシステム株式会社の応接セットを窃取したとふれ回り、被告高田の名誉を甚だしく毀損したこと

以上のことがあつた。

福居は、入社した被告高田に対し、他社より、人材を引き抜いてくるよう要求し、被告高田は、右命令に従い社員の殆どの人材を引抜いて採用し、「人買い高田」という異名までとつたが、福居は、辞められる会社が悪いのであつて、引抜いた方には責任がない。」と豪語し、コンピューター関係では人材の引抜きは、至極当然のことと考えていたのであつた。

福居は、コンピューター部門新設につき、三年後独立せると甘言を弄して、被告高田を引抜き、同人にコンピューター関係の人材の引抜きをさせ、その後、同人の意向を無視して、ユニテックシステム株式会社に出向させ、コンピューター部門が人的、物的に整備された段階で、同人を解雇する意図のもとに、同人の誹謗中傷を繰り返し、退社を余儀なくさせたものであつて、実質上は、解雇と断言できるのである。

被告高田は、原告の為に昼夜を問わず、誠心誠意尽力し、福居の解雇をもくろみ、右誹謗中傷に耐えてきたが、遂に、耐え切れず、また絶望し、退社するに至つたものであり、むしろ、被害者と言うべきである。

2 原告主張の従業員の退社の動機は、原告の利益至上主義による社員の酷使、非人間的な労務管理、コンピューターの仕事に対する無理解等であつて、むしろ原告によつて、仕事の意欲が喪失され、退社を余儀なくされたものであつて、被告高田の退社とは無関係であり、自発的なものであつた。

例えば、木内の場合、上司の直轄課長が、殆ど会社に出社せず、納期まで仕事を完成せず、話も飲酒の話ばかりで、将来に不安を感じ、更に出向については、本人の技術や、意向を無視し、一方的独善的に決定したばかりか、あるときは、出向先に於いて、女性が不要という事態が生じたりして、出向の適性化がない等、いずれも、原告で仕事を継続していく意欲を失つたものであり、且つ、昭和五九年三月一六日、出社しなくてよいと申渡され解雇されたものであり、また畠山の場合は、直属の上司である渡辺課長が、昭和五九年二月末ころ、夜、突然、酔つて、同女に「何故ついてこないのか」等と電話で、しつこく詰問したり、更に、昭和五八年一二月ころ、同女が手術をした後、同課長より「社長が辞めさせよ」と言つている等と告げられたりして、辞職を暗に強要されたことが理由となつているのである。

右の者らは、原告退社後、いずれも、再就職の為、他の会社の入社試験をうけたり(合格した者もいた)、他の会社に入社すべく、問合わせたりして、奔走したのであつて、結局被告モアソフトに入社したのは、過去の経験を生かし、働き甲斐があると思つて、自発的に入社したものであつて、被告高田より勧誘されたことは、一切なかつた。因みに、被告高田は、畠山より、再就職先の斡旋を依頼され、同女に他の会社を紹介したこともあつたが、同女から被告モアソフトに入社したいと懇願されたため、入社させたものである。

(乙事件)

一  請求原因

1 甲事件請求原因1と同じ。

2 甲事件請求原因2と同じ。

3 被告高木は、昭和五七年九月一日に原告に入社してコンピューター事業部に所属したが、昭和五九年二月二〇日、原告に対し同年三月三一日限りで原告を退社する旨の申入れをし、同日、原告を退社した。

4 被告高木は、前2に記載した被告高田の取締役としての忠実義務に違反しかつ違法な誘導に対し、これに応ずれば原告の対内的及び対外的信用を失墜させて原告に損害を与えることを認識しながらこれに賛同し、被告高田とともにコンピューター事業部に所属する他の従業員に対して「原告は、欠陥だらけの内容のない会社であり、将来性は全くない。原告に勤務していても何の益にもならないので辞めた方がよい。」とか、「自分達は、昭和五九年四月頃原告を辞め、コンピューターのソフト及びハードの設計、製造、販売等を目的とする会社を設立して営業を開始するので是非これに参加してほしい。」などと申し向け、山本、木内、石井、高橋及び伴のほか二名の従業員をして原告を辞めるべく決断させて、昭和五九年三月退社するに至らしめた。

そして被告高木は、被告高田とともに右六名の者に対し被告モアソフトの設立に関与させ、あるいは従業員としてその営業活動に参画させた。

5 被告高木の前4に記載した行為は、被告高田との共同不法行為になるものであり、これにより甲事件請求原因3に記載した損害(ただし同3(三)の慰藉料については金三〇〇万円を主張する。)を被らせたのであるから、この損害賠償として金四七二〇万一七八六円を支払う義務がある。

6 よつて、原告は、被告高木に対し、損害賠償請求権に基づき金四七二〇万一七八六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五九年八月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1及び2に対する認否は、甲事件請求原因1及び2に対する認否と同じ。

2 同3の事実は認める。

3 同4の事実は、原告主張の者が原告を退社したこと、被告モアソフトの設立に関与し又は従業員となつたことを認め、その余は否認する。

4 同4は争う。

5 同5は争う。

三  被告の主張

甲事件における被告らの主張と同じ。

第三  証拠<省略>

理由

第一甲事件について

一(当事者間に争いのない事実)

請求原因1の事実、同2の事実中原告主張の者がその主張の日に原告を退社したこと、原告主張の者が被告モアソフトの発起人となつたこと、被告高田がその代表取締役に、被告高木及び伴がその取締役に各就任したこと並びに原告主張の者が被告モアソフトに入社したことは当事者間に争いがない。

二(被告高田の入社の経緯)

<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

1  原告は、昭和三五年に福居の父が設立した会社であるが、昭和四八年ころには休眠会社となつていた。

福居は、父から株式を譲り受けて代表取締役に就任し、昭和四八年から避難器具の販売、厨房機器の製造販売等を手がけ、昭和五四年ころには利益を出すようになつていた。

2  福居は、経営の多画化を図るためコンピューター関係の業務に進出することとした。このコンピューター業界への進出は、福居の友人である大倉隆之(原告の取締役にも就任している。)が経営する日本ソフトウエア開発株式会社の協力が得られることから、必要な人材さえ確保すれば確実な発展が期待できた。

3  そこで福居は、各方面にコンピューターのソフト及びハードの分かる人材の紹介を依頼していたところ、昭和五五年の暮ころ、飯田某の知合いの増山忍を通じて、株式会社応用工学研究所に勤務し三井リースに出向いていた被告高田を紹介された。

福居は何回か被告高田と会い、その人物及び能力を高く評価し、原告において作るコンピューター事業部の部長に就任してそれを発展させていくことを懇請した。

その際、福居は、被告高田に対し、「原告の傘の下でコンピューター事業部を発展させ、三年経つたら被告高田を社長として独立させてもよい。」旨申し入れ、被告高田もこれを魅力的と感じてコンピューター事業部長への就任を決意し、まず昭和五六年四月に義弟の伴を入社させ、自らは翌五月株式会社応用工学研究所を退社して原告に入社し、コンピューター事業部長に就任した。

以上のことを認めることができる。

右のように、被告らが主張するように、被告高田が原告に入社するに当たり、福居から三年経つたら独立させる旨の話しはあつたというべきである。しかし、その独立の形態、出資の関係等具体的な話しは一切されていないものであるが、常識的に考えて、福居のいう独立とは、コンピューター事業部を原告から分割して別会社とすること、あるいはのれん分けのような形で、コンピューター事業を営む別会社を作るというものであると認められるが、どのような形態をとろうと、その会社は、仮りに被告高田を代表取締役に据えるにせよ、あくまで原告が支配し、その利益を目的としたものであるはずである。

いずれにせよ、福居が言つた独立の趣旨は最大限右のようなものであつて、被告高田が勝手に原告のコンピューター事業部の従業員を引き連れて退社してコンピューター業務を営む会社を設立することを認めるというものではないことはいうまでもない。

三(被告高田の独立)

<証拠>によれば次の事実を認めることができる。

1  被告高田は原告に入社後、真部敏男(以下「真部」という。)、渡辺肇(以下「渡辺」という。)等株式会社応用工学研究所に勤務していた者その他の者を引き抜く等によりコンピューター事業部(日本ソフトウエア開発株式会社等への人材の派遣が主な業務である。)の陣容を整えていき、昭和五六年九月にはコンピューター事業部は、それまでのコモビル六階の本社事務所から篠ビル九階に事務所を移転した。

福居は、当初被告高田を原告の取締役に就けることは考えていなかつたが、被告高田の働きぶりを評価し、かつ将来の活躍を期待する趣旨で取締役への就任を要請し、被告高田は、昭和五八年一月三一日付けで原告の取締役に就任した。

2  昭和五八年六月ころ、福居は、コンピューター事業部と他の厨房機械の部とが二つの場所に分かれていることは、従業員間の意思の疎通を欠き、また一般管理費が増大する等好ましくないとして、双方の部を新しく確保した万寿金ビルの一室に移転させることを計画した。これに対し、被告高田は、右移転により、事務所のスペースが狭くなること、移動のため事務が遅延すること、コンピューター、計測器を移動させることにより部品が紛失しまた故障の原因になること、異業種の同居は不都合を生ずるおそれがあること等を理由に強行に反対したが、福居はいずれも理由なしとして聞き入れず、同年八月一日、右移転を強行した。

3  このころから被告高田と福居の反目が生じだし、被告高田は早急に独立することを考えてその活動を開始し、同月二六日、午後一〇時ころ、トーシンハイムにある設立手続中のユニテックシステム株式会社の事務所に真部、伴、田中及び渡辺を集め、以前から話していた独立の話しを早めなければならないこと、その方法として、五名が勤務時間外にプログラミングのアルバイトをして資金を貯めること、この独立の話しは会社も納得している等のことを言つて独立への参加を呼びかけたのを始めとし、機会を窺いコンピューター事業部の従業員に同様の話しをもちかけていつた。

真部は、被告高田が秘密裡に事を進めようとしていることから被告高田の話しに疑問を持ち、同年九月中旬ころ、被告高田に対し、被告高田の話しには乗らないが、会社側にはこのような動きがあることは告げない旨伝えた。

その後、渡辺も同様の疑問を持ち、被告高田に対し、計画に参加しない旨を伝えた。

4  昭和五八年九月二四日午後、被告高田はコンピューター事業部の野田雄二、越中谷真喜及び山口昇(以下「山口」という。)を自宅に呼んで同様に独立の話しをし、これに参画することを勧誘した。その際、野田又は越中谷のいずれかが真部が参画しない理由を尋ねたところ、被告高田は、真部は技術力がなく、また同人は仕事をかき回すので連れて行かない等同人を誹謗することを言つた。

同日、野田がその話しを真部に伝えたところ真部は話しが違うと言つて激怒し、直ちに被告高田に電話をかけて抗議をし、被告高田は同人に謝罪した。

しかし、同人はそれではおさまらず、厨房機械部長の青木進に相談し、その勧めで福居に事の次第を話した。

福居は真部からその話しを聞き、一応確からしいと思つたが、被告高田に直接真偽を確かめれば、被告高田はそれを認めて直ちに行動を起すかもしれず、そうすれば収拾することのできない混乱が起こるかも知れないと思つて直接確かめることはせず、その代わり、コンピューター事業部長の職を解き、同月二九日付けで設立するユニテックシステム株式会社(原告、日本ソフトウエア開発株式会社ほか一社の共同出資)の取締役兼技術部長として出向させることとし、その旨発令した(コンピューター事業部長には青木進を据えた。)。

5  しかし、結局昭和五九年二月末ころからコンピューター事業部の従業員から辞表を出す者が出はじめた。

まず、同月二三日、石井が三月末日で退社する旨の辞表を提出した。これに対して青木や真部が退社を思い止まるよう説得したが、石井は、義理があつて学校の先生の紹介先に勤務しなければならないといつて翻意しなかつた。

次いで二月二七日被告高田が辞表を提出したが、福居との話しで同年三月九日付で退社することとなつた。その際、被告高田は、福居に対し、コンピューター事業部の従業員で自分について来たいという者がたくさんいると言つて勝ち誇つたような態度を示した。

以降、畠山(二月二九日退社)、木内(三月七日退社)、伴(三月一六日退社)、被告高木、山本及び高橋(いずれも三月末日退社)と退職者が相次いだ。

また、少し遅れて同年五月三一日に山口が、またそのころ吉田祐子がそれぞれ退社した。

原告の方では、伴は被告高田の義弟ということで説得をしなかつたが、それ以外の者に対しては退社を思い止まるよう説得をした。その際、はつきりと被告高田についていくと言つたのは山口だけで、木内及び畠山は、ただ辞めたいということで明確な理由を述べず、被告高木は音楽関係の方面に進みたいと言い、山本は母親の体が悪いので家から近い所に勤務する必要があると言い、高橋は派遣先の先輩と一緒に仕事をすると言い、吉田祐子は結婚のため退社すると言つた。

6  被告高田、被告高木、石井、伴その他三名の者が発起人となつて昭和五九年三月一〇日付けで被告モアソフトの定款を作成し、同月三〇日公証人の認証を受け、代表取締役に被告高田、取締役に被告高木、石井ほか二名が就任して同年四月三日被告モアソフトの設立登記がされ、そのころ山本、畠山、木内、高橋を、少し遅れて山口及び吉田祐子をそれぞれ雇い入れて被告高田の計画どおりコンピューターのソフト関係の業務活動を開始した。

以上の事実を認めることができる。

四(被告高田の忠実義務違反)

原告のコンピューター事業部のように主にプログラマーあるいはシステムエンジニア等の人材を派遣する業務にあつては人材こそが会社の唯一の資産ともいうべきものであり、人材の確保、教育訓練等が会社の維持、発展のための主な課題となるものである。したがつて、前三で認定したように原告の取締役である被告高田が原告のコンピューター事業部の従業員に対し原告を退社して自己が設立しようとする同種の会社への参加を勧誘することは、それだけで取締役としての忠実義務に違反するものというべきである。

被告らは、入社の際被告高田と福居との間で三年後独立させる旨の約束があつた旨主張するが、その約束の趣旨は前二で認定したとおりのものであつて、被告高田のとつた右行為とは無縁のものであり、およそこれを適法化するものではない。

なお、被告らは、被告高木、石井等の従業員はそれぞれ原告に対し不満があつて、自由な意思で原告退社したものであり、被告高田の勧誘とは因果関係がない旨主張する。

しかし、前三で認定したとおり、被告高田のほか被告高木等原告のコンピューター事業部の従業員は、ほぼ時を同じくして一斉に、しかも退職の理由を明確に示さないか又は被告モアソフトに入社したという後の行動からして虚偽と判断せざるを得ないような理由をもつて退社してその後それぞれ被告モアソフトに入社していることからすると、被告高田の直接の勧誘あるいはこれから生じたであろうコンピューター事業部の従業員間の動揺とは無関係に右の時期に退社したものであることを認めることができる証拠があれば格別、そうでない以上、被告高田の独立への参加の勧誘という忠実義務違反行為の結果退社を引き起こしたものと認めざるを得ないところ、右にいう証拠は存在しないので、被告らの主張は肯認する限りではない。

したがつて、被告高田は、原告主張の七名従業員が一斉に退社したことにより原告が被つた損害を賠償する義務がある。

五(被告モアソフトの責任)

原告は、被告モアソフトは、被告高田が原告入社時から有していた原告のコンピューター事業部の人材等を利用して独立するという違法な計画を実現し、原告に対する取締役としての忠実義務違反行為による権利の侵害状態を維持継続させる目的及び性格を有して設立され存続しているものであるから、原告の被つた損害を被告高田と連帯して賠償する義務がある旨主張する。

しかし、原告が主張する損害は、コンピューター事業部の従業員が一斉に退社したことにより生じたものであり、被告モアソフトが原告を退社した従業員を雇い入れて同種の事業を営むことにより生じたものではなく、また被告モアソフトのその他の行為により生じたものでもない。したがつて、何ら実定法上の根拠もなく、ただ原告の主張するような理由によつて被告モアソフトの損害賠償義務を肯認することは困難である。

したがつて、原告の被告モアソフトに対する請求は、その余について判断を加えるまでもなく理由がない。

六(原告の損害)

そこで被告高田の忠実義務違反行為により原告が被つた損害について判断する。

原告は、右損害として、(一) 山本、畠山及び木内の新人教育期間中に投下した給与等の費用、(二) 原告主張の七名の従業員が昭和五九年三月ころ退社することなく更に向う三年間稼働したら得られたはずの逸失利益及び(三) 原告の信用の対内的及び対外的失墜による慰藉料を主張する。

しかし、(一)については、新人として採用した従業員は、新人教育の期間中といえども、収益こそもたらさないが原告の指揮のもと労務を提供しており、給与等はその対価ないし必要経費とみるべきものであるし、また、(二)の損害の賠償を請求しながら重ねて(一)の費用を損害としてその賠償を請求することは、新人教育に費用をかけずして稼働させても収益をもたらすことが可能であるということになつて、原告の主張自体矛盾をきたすことになる。いずれにせよ、新人教育期間中にかけた給与等の費用をもつて損害とみることはできない。

また、(三)の損害についていうに、確かにコンピューター事業部の従業員が一斉に退社することにより日本ソフトウエア開発株式会社等の派遣先の会社にある程度迷惑を及ぼし、また、原告内部にあつても従業員間に動揺を与えたことは原告代表者本人尋問の結果により容易に認めることができるのであるが、これにより原告の信用が失墜して金銭的評価が可能な損害を被つたことまでも認めることのできる証拠はなく、この損害の主張も理由がない。

(二)の逸失利益は、七名の従業員の一斉退社と相当因果関係があると認められる範囲のもとである限り、被告高田の忠実義務違反行為により原告が被つた損害ということができる。

原告は、被告高田の独立への参加の勧誘がなければ七名の従業員は更に向う三年間は原告のために稼働して原告に利益をもたらしたはずであるとして、七名の従業員が三年間稼働して得られる利益を逸失利益として主張する。

しかし、前認定のとおり原告のコンピューター事業部は主に従業員のプログラマー等としての派遣業を営んでいるのであるが、かかる従業員に代替性があることは当然であり、原告は、七名の従業員が退社しても、その後早急にこれを補充し、元の体勢を回復させることは容易であつたと認められる。現に、原告代表者及び被告高田各本人尋問の結果によれば、福居は他社からの人材引抜きによる原告のコンピューター事業部の拡大をめざし、昭和五六年当時の従業員数は二〇数名であつたが、昭和五九年一月には他社から約八名を引き抜き、同年四月にも五、六名を採用していること、したがつて、コンピューター事業部の昭和五九年度の利益は、前年度に比して減少はしていないことを認めることができる。

右の事実からすれば、七名の従業員の一斉退社後約三か月程度の期間があれば、元の体勢に回復することが可能であつたと認めることができ、したがつて、また、右の期間の逸失利益をもつて原告の損害と認めるのが相当である。

<証拠>によれば、請求原因3(一)の(1)及び(2)の事実を認めることができ、反証はない。したがつて、七名の従業員が一年間稼働することにより原告が得る粗収入は金三、五九七万二、八五四円となる。

一方、<証拠>によれば、請求原因3(一)の(3)の事実(ただし、石井聡については給与及び賞与の合計額は金四〇七万四、六六二円となり、それに連動して諸雑費は金二一万四〇五九円となるので、同人についての一年間の経費は合計金四四九万五、二四一円となる。)を認めることができ、反証はない。したがつて、七名の従業員が向う一年間稼働することについて原告が支出する費用は、金二、二三二万六二三円となる。

よつて、七名の従業員が向う一年間稼働することにより原告が得られたはずの利益は金一、三六五万二、二三一円となるが、このうち約三か月分である金三四〇万円をもつて原告の逸失利益と認めるのが相当である。

よつて、被告高田は、原告に対し、商法第二六六条第一項第五号による損害賠償として金三四〇万円を支払う義務がある。

七(不当利得返還請求について)

原告は被告高田が原告の取締役に在任中忠実義務に反する行為をしたことをもつて、被告高田がその間原告から支払いを受けて取締役の報酬を不当利得として、その返還を請求している。

しかし、株式会社の取締役の報酬は、定款の定め又は株主総会の決議(商法第二六九条)という形で株主の自由な裁量により支払われるものであり、取締役である以上、忠実義務に違反する行為があつたからといつて当然に報酬を受ける資格を失うものではない。

したがつて、被告高田が原告から取締役の報酬を受けたことが不当利得となるとの原告の主張はおよそ肯認し難く、その返還を求める請求は、その余について判断を加えるまでもなく理由がない。

第二乙事件について

被告高木が被告高田の勧誘に応じて原告を退社し、被告モアソフトの発起人としてその設立に関与し、かつ、その取締役に就任したことは第一・三において認定したとおりであるが、それ以上に、被告高木が原告を不当に誹謗中傷するなどして七名の従業員を退社するに至らせたことを認めるに足る証拠はない。

よつて、その余について判断を加えるまでもなく、原告の乙事件請求は、理由がない。

第三結論

以上のとおり、原告の甲事件請求は、被告高田に対し損害賠償として金三四〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五九年七月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、被告高田に対するその余の請求、被告モアソフトに対する請求及び被告高木に対する乙事件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条第一項本文を適用し、仮執行宣言については不必要と認めこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官佐藤修市)

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